Music Therapy Fundamentals

音楽療法の基礎知識

1.音楽療法の定義

音楽療法とは、「音楽の持つ、生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、
行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」日本音楽療法学会による


2.音楽さまざまな働き(本項以下、松井紀和先生によるまとめ)

(1)生理的働き
① 音楽は、感覚ニューロン(神経細胞)を通して、大脳皮質の感情中枢に大きな影響を与える
② 音楽は、自律神経系に賦活的または抑制的な影響を与える。
③ 音楽は、大脳皮質の運動中枢に賦活的または抑制的な影響を与える。
④ 音楽は、長期記憶(長く保持される記憶)において、いろいろなできごとと結びつきやすい性質をもっている。
⑤ 音楽は、認知的プロセスを刺激する。
⑥ 音楽活動は右脳優位で行われ、音楽の知覚に関しては認知的プロセスの関与と関連し専門家は左脳の関与が多くなり一般の人は右脳優位である。

(2)心理的・社会的働き
① 音楽は、知的過程を通らずに、直接情動に働きかける。
② 音楽活動は、自己愛的満足をもたらしやすい。
③ 音楽は、人間の美的感覚を満足させる。
④ 音楽は発散的であり、情動の直接的発散をもたらす方法を提供する。
⑤ 音楽は、身体運動を誘発する。
⑥ 音楽はコミュニケーションである。
⑦ 音楽は、一定の法則性の上に構造化されている。
⑧ 音楽には多様性があり、適用範囲が広い。
⑨ 音楽活動には、統合的精神機能が必要である。
⑩ 集団音楽活動では社会性が要求される。


3.音楽療法の分類(以下最後まで、青によるまとめ)

〔活動様式による分類〕
・能動的音楽療法か
・受動的音楽療法か
・集団音楽療法か
・個人音楽療法か

〔目的による分類〕
・精神療法的アプローチ
・SST(Social Skill Training)としてのアプローチ
・身体機能を高めるためのアプローチ ・ 運動療法と統合した音楽療法
・認知レベルを高めるためのアプローチ
・ホスピタリズムを払拭するためのアプローチ

〔実施場所による分類・・・・対象別の分類〕
音楽教育と音楽療法 


4. 音楽療法士の仕事

(1) 病気と障害と音楽療法士のスタンス
(2) 医療モデルと福祉モデル
(3) 対象別の音楽療法の目的とキーワード

児童(発達障害)
注意の喚起・関心の主題の持続
時間空間の共有・不適切な行動の減少
達成感・自尊心・満足感の充足
発達の過程の促進、意欲の増進

成人(精神障害)
病気(症状)の理解と病識(本人の自己病態・病状認識)の穏やかな受け入れ
妄想・自己閉鎖空間からの脱却・主題の持続・感情・思考の統合・コミュニケーションの訓練・他者との時間空間の共有
成功体験・交流体験・自己実現と自己肯定・自己治癒能力・QOL

高齢者
自閉的空間からの脱却・思考・感情の展開・健康時の記憶の再現
見当識、認知障害、状況把握の衰えの改善・コミュニケーションへの意欲を刺激
語彙の回復・喪失体験(心身両面)のケア
老化による機能減衰:発語、発声および運動能力その他に関しての機能障害のリハビリ
感覚器官(視覚、聴覚、触覚:皮膚感覚としての声帯の振動その他)の衰えのリハビリ
その他の障害を乗り越えての成功体験


5.音楽療法士に求められる能力 (以下の項は九州臨床音楽療法学会 学術誌への投稿から転載)

音楽療法の教育について
臨床音楽力について「技は習うか?盗むか?編み出すか?」
青音楽研究所 青 拓美
平成19年年10月8日、九州臨床音楽療法学会シンポジウムにて、音楽家の立場から臨床音楽力の教育について語る場を得ることができた。改めて考えるに、「臨床音楽力」とは医療現場における音楽療法はもとより、福祉、教育・心理臨床、そして社会のあらゆる場面において、音楽による対人援助を充分に果たすために必要な音楽を実現する力であり、対象者個別のオーダーメイドな音楽をつくりだすために必要な能力である。
更に考えるに、「音楽力」とは何であろうか?という疑問に行き着く。音楽は他の学術芸術の例に漏れず、先人の巨大な蓄積があり、その成果を実現する最低条件がある。その音楽を成立させるには楽器の特性を理解し、操作法(演奏法)を身につけ、その音響的効果をより有効に活用できる聴覚能力が求められる。また、音楽構造理解の面ではリズム・メロディー・ハーモニーの基本構造を理解し、更に既成曲であれば楽曲の読譜理解と再現能力が必要であり、そのオリジナル演奏の聴取把握も欠かせない。また即興であればその臨床空間と治療構造にあわせた楽器の選択、組み合わせ、音響的効果の多様な引き出しを持っていることを指すのである。音楽力とは何か?を定義すること自体、とてつもない大きな仕事であるが、それは別の研究に譲ろう。
さて、臨床音楽力とはそのハードとしての声・楽器=音響装置を、有効に活用する演奏家の力=ソフトを、臨床力=対象者理解(医学的、生理学的、心理学的、人間学的、社会学的等)のさまざまな切り口による洞察力をもって音楽を活用することに他ならないのである。
本論は臨床音楽力の具体的な内容を論じるために書き出したのであり、学術的または哲学的な側面を重視するものではない。実践家が手に取り、自らの現状理解と課題と向き合っていただく一助になればという思いの下に書いている。具体的には以下の項目で論じていく。
(1)音楽理論・音楽史
(2)ソルフェージュ(読譜力・初見視唱および視奏・記譜・聴音)
(3)音楽的聴覚技能(聴き分け・全体把握・イメージ)
(4)作・編曲
(5)専攻楽器のちから
(6)伴奏(鍵盤・ギター・オートハープ・アコーディオン)技術・能力
(7)発声と歌唱
(8)打楽器
(9)即興
(10)指揮および動作
(11)電気および電子楽器と音響機器

(1)音楽理論・音楽史
まずは西洋音楽楽典の習得は当然で、何よりも世界の音楽構造の多様性を理解していることが必要である。12平均律を代表とする長音階短音階のみならず、教会旋法などの西洋音階の知識、そして世界各地の5音音階pentatonic scaleを使えると即興演奏にすぐれた手腕を発揮できる。また、日本の高齢者などの歌唱活動に関わる場合には民謡・小唄などの日本音階を使えないと対象者に違和感を与える。和声の基礎を身に付け、コードを理解・活用できることが求められる。臨床の音楽現場ではコードにおける構造的枠付けと応用の自由度を理解し実践が求められる。
音楽史でいえば古典・現代・芸術・大衆など枠を超えて、音楽史上の様々な時代と文化の音楽の要素構造、スタイルの特質を理解していくことが必要であろう。まず近代西洋音楽の成り立ちと派生展開をおおまかに知り、合わせて邦楽の展開と歴史は押さえたい。さらに多岐に渡る一般大衆の音楽嗜好についての基本的知識を有していること、世界のポピュラー音楽の展開と特徴・スタイルを知ることが、現代の人間社会の多様性を知ることになり、音楽と対象者の結びつきに共感する基本となる。また、ハード面ではクラシックからポピュラー、邦楽まで様々な楽器の特質を理解していることも重要である。音響学に関してもいくばくかの知識は得たい。

(2)ソルフェージュの能力
即ち・直感的な読譜力・初めて見るメロディー・リズム・楽曲を正確にその場で楽譜を見ながら 唱い演奏する事(初見視唱および視奏)・流れている初めて聴くメロディーや和音を正確に楽譜に 記すこと(聴音)などの能力を指す。対象者から提示された楽曲のメロディー譜を初見で読み弾き、コードをその場で合わせて弾くことはままある。
さらに、基本的な歌唱メロディーを自由に読譜・聞き取り記譜できないといけない。例えば、うろ覚えのメロディーのみ知っている対象者が口ずさむ思い出の曲に、的確なセンスの良い和声をつけて演奏・再現する必要は、日常的に起こる。また、対象者の口ずさむ名曲のメロディーを聞き取り、ライトモティーフを専攻楽器で再現することなど、あたりまえに出来るレベルが求められる。それを曲として形作る過程を、楽譜に頼らずできること。その能力があるかが対象者個人へのオーダーメイドな臨床音楽=音楽療法になるかを問われるのである。

(3)音楽的聴覚能力訓練(聴き分け・全体把握・イメージ)
ただ単純に聴いた音を専攻楽器で再現できるだけでなく、オーケストラ曲やジャズ・ビッグ・バンド名曲などを含めた様々な楽曲の各パートを聴き分け、その全体イメージを、自分の専攻伴奏楽器にて雰囲気を殺さずに再現すること。また古今の録音から曲の譜面を書き起こすこと。対象者のイメージしている音世界の把握が深まると、共感と追想の場をつくりだすことが容易になる。

(4)作・編曲
臨床の現場に独創的な空間を現出するためには欠かせないのが創作である。対象者や施設スタッフなど臨床現場参加者が作ったオリジナルの詞に、簡単な伴奏をつけた歌を作曲することができると、その臨床空間は独自なものになる。また、作曲する視点を持ち続けているとその試行錯誤は即興演奏における豊かなイメージの源泉になる。
声と器楽の大規模なアンサンブル曲をアレンジ、移調、簡素化できる手腕があると、更に対象者に提供する楽曲のレパートリーが拡がる。クラシックからポピュラー、邦楽まで様々な楽器の特質を生かしてアレンジできるとなお良い。それにはモティーフの扱い、和声進行、低音進行、リズムパターン、旋律と対旋律などを扱う経験が求められる。
対象者・臨床音楽現場の条件に合わせた作曲・編曲・音響構成ができることが重要である。

(5)専攻楽器のちから
専攻楽器または声楽において音楽大学学部レベルの作品を、敬意を払われ得る音楽性と適度な技術と解釈・理解によって演奏することができる事を望まれよう。また、管絃打楽器それぞれ専攻楽器特有の名曲のいくつかを演奏できることは現場の対象者とその保護者、施設長、関連他職種などにとても喜ばれる。オーケストラ作品や他楽器の名曲のライトモティーフを聴き覚えでも演奏できると、高齢者などの対象者の希望に応えることができる。
また、特にピアノ専攻の者はアンサンブル経験が少なく、合わせることが不得手である。小から大までのアンサンブルで演奏することを常に視野に入れるべきだ。

(6)伴奏楽器
伴奏楽器(鍵盤・ギター・オートハープ・アコーディオン)の技術・能力を磨くのが、職業臨床 音楽家の収入の根拠となるのは言うまでも無い。
さらに弾き歌い、器楽アンサンブルでの臨機応変な伴奏ができると、グループセッション等の内容の充実が得られる。
まずは馴染みの童謡・唱歌などのシンプルな曲で基本的なコード進行(Ⅰ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅰ)を♯&♭それぞれ3つまでの調で演奏・応用することができるようになるべきで、それを初見で弾けるところをめざす。簡単なメロディーを聴覚的に把握し、その場で楽曲に和声付けをし、移調するのに慣れるのである。次に、弾こうとする曲のダイアトニック・コードに慣れ、コードネーム無しでも簡単な曲に和音伴奏付けできるように慣れる。
また、ポピュラー音楽の根幹であるリズムパターン、たとえばロック・スイング・ルンバ・ボサノバなどさまざまなポピュラーリズムを感じる練習をし、その雰囲気を再現できるようにバンプの練習をする。
メロディーを支える響き全体を楽譜イメージという視覚的枠より開放し、聴覚的把握ができるように楽器演奏する手に覚えこませていく。音響と手のイメージが重なった時、頭の中で音が鳴った時には手が勝手に動いているという条件反射を作り出していく。その演奏の土台となる運指訓練として、音階、分散和音、和音終止形(カデンツ)の全調練習は欠かせないであろう。
徐々に歌謡曲・ポピュラーソングの基礎的なレパートリーを、コード付きメロディー譜を見て、または暗譜で演奏し、大衆歌謡のレパートリーを増やすよう心がける。必ず原曲の演奏を聴き、楽器構成、基本リズムパターン、ベースライン、前奏・間奏・後奏のメロディーも押さえておく。
臨床の現場で求められる曲は多種多様であり、全てに完璧に応えられることは永遠に不可能である。しかし、その終わりの無いレパートリー拡大と即興的伴奏能力のレベルアップを目指して努力し続けるのが臨床音楽家の使命である。

(7)発声と歌唱
臨床の現場でまず求められる発声は、長時間の集団活動の導きをしても痛めない喉=発声である。それは高齢者ではまず何を語っているのか?何を歌っているのか?が、聴き取りやすいということが最優先に求められる。また、児童の現場では一つの活動に集中させていく説得力が求められるであろう。また、精神の現場では威圧・押し付けがましさ・うっとうしさ、などの不快感を与えない声が求められる。さらに対象者の先導となりえる発声と歌唱、自らが会話の時に出している声と同じ声質で歌える自然さ。集団歌唱を自分の声で導くだけの響きの透徹力。意図を自由に表現する音量と質の声を使って、コミュニケーションする力。西洋古典から日本伝統的なもの、唱歌・童謡およびフォークソングとポピュラーソングの基本的なレパートリーを原曲の雰囲気を壊さずに歌う使い分けなど、課題を考えたらきりがない。
また、歌の活動の進展にはジャンル・時代を超えた歌唱レパートリーの充実が不可欠である。さらに対象者の呼吸・発声・体感振動を含めた発音行動全ての問題点の把握と現状の査定は、正しい発声の理解を抜きには語れない。声に向き合う事により豊かな表現を得る道、より音楽的な空間を作り出す道に出会えるだろう。
声の訓練は極めて身体的である。姿勢・呼吸・振動が最も理想的な形を実現したとき、その発声した本人の最もリアリティ溢れる場面に直面することができる。

(8)打楽器
打楽器は単純にして原始的な構造をしていながら、奏者の音楽性を最も厳しく問い詰める。それはリズム感という生きる上での絶対的必要能力の水準を赤裸々にそして明確に音楽の場で開陳することに他ならないからである。波動がいかに持続するか、相互に打ち消しあってはかなく消えるかは全てリズムのなせる業である。打楽器演奏の現すものは深く意味深い。臨床音楽家にとって打楽器演奏は決して避けては通れない。1人での演奏、そしてアンサンブルで演奏することを視野に入れて修行すべきである。最近はアフリカのジャンベなど豊かな民族楽器の世界があたりまえのように取り入れられている。何種類かの基本的な打楽器を使って、集団や個人のリズム体験を促進する基本的なスキルを持たなくてはならず、最終的にはリズムの極めの真の意味を理解する必要がある。また、楽器の基本的な管理と維持の知識が求められる。
 
(9)即興(アドリブとインプロビゼーション)
「即興」とは、既成の曲のその場での即興的展開する「アドリブ」と、全くのその場で生まれた発想・主題を音楽にする「インプロビゼーション」とに分れる。アドリブではオリジナルのメロディー、伴奏、長短さまざまな楽曲を色々な雰囲気、スタイルになるように技術の粋を尽くし、参加する声と楽器をより豊かな音楽体験にするために発想・展開させる。同じメロディーを様々なリズムパターン、和声展開を拡大解釈することにより変奏していく。
一方、既成楽曲を演奏できない対象者による打楽器等での自由演奏を音楽的な肉付けをしての小アンサンブルで即興演奏(インプロビゼーション)をする事は、豊かな音楽体験となる。また打楽器でのさまざまな集団即興の面白さを演出する事ができると、音楽に対する固定観念を打ち破り自由な発想を安全に楽しく共有体験としてさまざまな対象者に喜ばれる。

(10)指揮および動作
音楽の知識や経験の無い対象者の集団にアンサンブルの成果を喜びとして体験してもらうためには、指揮法の基本、即ちテンポと拍子を的確に指揮棒で示し、演奏表情をもう一方の手および身体全体で示す技術の基礎を学ぶことがまず必要である。常に現場ではアンサンブルの基本的なパターンを指揮することが求められる。即ち、小人数または大人数編成の声、あるいは楽器のアンサンブルを指揮する技術のイメージを常に準備しておく必要がある。
また、構造化された身体表現にも、または即興的な身体活動体験を指揮することを視野に入れたい。構造化された、または即興的な身体活動体験において、表現を意図して動くには、発想の自由さと、ある閉鎖しがちな意識の自己解放が求められる。その体験を経た後、リズムに合わせて表現豊かに動くことが出来るであろう。

(11)電気および電子楽器と音響機器
マイク・ステレオ他等の音響機器・PA(拡声装置)は現代の音楽のあらゆる現場で求められる。基本的な音響装置のセッティングを独力で出来ないと、対象者の受け取る音量、そして情報の明確さが著しく損なわれる。ステレオ装置、場合によっては映像も付いたカラオケ機械、そして様々な拡声装置など、現場により必要とされる条件は全く異なる。また受動的音楽療法をにおいてステレオ装置の設定いかんでは音響効果は全く異なる。音響学の基本を知っておくべきだろう。また、音響ミキサーの操作に慣れ、現場での活動に必要な音素材の録音の初歩を理解することもオーダーメイドな臨床音楽の重要な能力である。
電子楽器(特にキーボード)の操作に慣れ、シンセサイザー・サンプラー等の使用も視野に入れる。アンサンブルや障害者の音楽活動には欠かせないものになるだろう。その意味では現在のパソコン音楽関係ソフトの充実も見逃せない。パソコンはインターフェースとして、あるいは効率の良い音源の記録媒体として確保し、活用すべき道具である。
ここまで臨床音楽家に必要な音楽力を洗い出し、臨床音楽の視点から見た音楽療法音楽教育の留意点をあげてきた。まず最も大きな柱として考えなければいけないのは、西洋機能主義の、理論と譜面という視覚情報優位の中で進められてきた専門音楽教育の歪みを改め、直感と聴覚情報優位の音楽能力獲得の先の機能獲得に戻さなければいけないということである。即興が成立するにはその問題こそが根幹である。更に、様々なスタイルを受け入れ、自分なりに再現できる柔軟性はとても重要である。クラシックの歌唱スタイルも演歌のこぶしの美しさも共に同じレベルで楽しめ、挑戦する感性、即ち多様な美意識を許容する柔軟性こそが必要能力ともいえる。
今後の課題としては、臨床に最低限必要な演奏技術水準がどこにあるのかということである。必要能力基準の確立は未だ全くなされていない。また、際限ないレパートリー拡大の意欲は対象者の求める全ての曲を知りたいという好奇心のみに支えられているが、若い後輩が必要なスタンダード曲も選定する必要がある。臨床力として必要なのは、音楽により達成されたものと期待はずれだったものを言語化する分析力と知識である。音楽療法教育の重要な課題であろう。
ここまで論じてきた技は「習うか?盗むか?編み出すか?」しか無い。この後、編み出すことも難しい時、臨床音楽家相互の力を与え合って更なる「臨床音楽力」を確保したい。本論が全ての臨床音楽家の目に留まり、自らの能力を査定する一助になり、より現場で歓迎される音楽療法士、臨床音楽家であってほしいと願う次第である。


6.臨床における基礎

①医療・福祉・教育の各領域にたいする基礎的な知識
②対象者の障害、症状、臨床的特徴、そのニーズの把握
③治療の基礎
④ 治療的人間関係


7.音楽療法の知識と技術

①治療メディアとしての音楽の特性に関する基礎知識と応用理論の基礎
②治療プロセスに関わる一連の知識・対象査定・治療計画・遂行・記録・評価・終結
③症例発表・事例発表
④専門家としての役割・倫理


8.臨床現場での実績

①現場の見学と研修様々な領域での実践体験
②他職種からの啓発・学び


9.社会人として一般的な能力

①作文・言語表現の能力
②コンピューターの基礎知識と専門的応用能力
③社会的生活技術・社会人としての一般常識・話術・ユーモア・遊び心
④文化・芸能、特に大衆的な視点での把握
⑤流行に対する敏感さ。


10.資格を取るには

現在、国家資格はありません。岐阜県・兵庫県などの自治体認可資格、日本音楽療法学会認定資格、短大の多くが参加している全国音楽療法士養成協議会認定資格、などがあります。
ただ、現場では資格より能力重視の方向が強まっているのが現状です。


11.仕事を得るには

公的な組織として仕事を紹介しているところは自治体認定資格を出しているところだけであろうと推察されます。学会もその努力をしているようですが、大きな動きにはなっていないと見受けられます。
仕事を得る方法としてまず、雇用者が報酬を払う根拠となる施設の収入の形態を知らなくてはいけません。領域的にそれぞれ特徴があるでしょう。

(1)高齢者領域
福祉法人が経営する施設と医療法人が経営する施設で全く収入の形が変わります。 いずれにしてもより多くの参加者(お客様)を集めることが出来る、実施形態と音楽的能力が求められます。 治療・看護・介護・リハビリ等多くのスタッフとの協働が求められ、クライエントおよび家族のニーズはリハビリ、認知症治療、体力・気力回復、QOL他、多岐にわたり、音楽でしか出来ない事として若い頃の元気な記憶の賦活等、求められています。 いずれにしても報酬コストに見合うだけの仕事が求められます。 とてつもなく古くからの深く広く範囲の歌のレパートリーと魅力ある鍵盤伴奏編曲能力、そしてそれらの歌唱力があれば、飽きられることなく仕事となるでしょう。

(2)児童領域
対象もさまざまですが、施設に雇われる形と自主グループなど障害児の親との直接契約の、 二つの形態に大別されるでしょう。発達の諸相を理解し、あらゆる音楽、機会と方法を使って子供の可能性を追求する心技体が求められます。 既成の音楽技術はもとより自由即興の手腕が大きくものをいう領域です。 また、親や地域社会とのコミュニケーションと理解・応援を獲得出来るかが、プロとして生きていくうえでの資質となるでしょう。

(3)精神科領域
チーム医療として治療・看護・作業療法・心理・PSW等、
最も多くのスタッフとの協働が求められる現場でもあり、関係他職種の仕事の理解は不可欠です。 しかしだからこそ、ある意味純粋に音楽の力だけを求められる現場です。 単科の精神病院と大学病院などの総合病院では環境条件は異なり、 また大別して入院患者対象とデイケア等社会復帰施設における活動に分けられます。 一方は医療保険の集団精神療法点数や精神科作業療法点数が収入の根拠となり、 他方はデイケア利用における保険点数算定が活動の基準になります。 いずれにしても多くの参加者を得られないと施設にとって音楽療法を入れるうま味は無く、 集団力動を活用した治療の場の設定が音楽の力で出来ないと、使い物になりません。 歌の民族である日本人であるのは精神科も同じで、集団では歌が多用されます。 もっとも対象年齢の幅の広い領域で、歌われる音楽のジャンルも年代も最も広く最も多様なレパートリーと即興的伴奏力を必要とします。 集団活動として患者さんが毎週通いたい活動が展開されることが、プロとしての条件です。



非常におおまかに書きましたが、いずれにしても経営者が音楽療法士を雇い入れた時に、より患者さん、対象者さんが多く集まり、施設の人気が高まり収益が上がるか? 関係他職種ができないアプローチを提案し、共に目標を達成できるか?そして患者・対象者の皆様の心からの喜びの時間を作れるか? にかかっています。医療・福祉・教育のプロたちと共に働くわけですから、自己満足の音楽活動を音楽療法と言っていると、そのうち総スカン喰らう日が来ないとも限りません。
もし自分に仕事が無いのは施設や関係者の理解が無いと考えている音楽療法士が居たら、それは大きな思い違いです。普及啓蒙が不足なのではなく、 プロとしての厳しい能力査定の目にはプロに見えない音楽療法士は雇う対象ではないとの判断なのだということです。プロの音楽療法士が増えないと日本の音楽療法はすたれるでしょう。

  



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